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また、こんにゃく番所。 [食べ物]

「なげけとて つきはものをおもわする かこちがほなるわがなみだかな」(西行法師)


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「なげけといって、月が物思いにさせるのか、いや、そうではあるまい。私が恋に悩むために月を見て涙が落ちるのである。それなのに、まるで月のせいだと、かこつけるように、こぼれる涙であるよ。」

出家する前の名前は、佐藤義清(のりきよ)です。
北面の武士として鳥羽上皇に仕えていましたが、二十三歳で出家しました。
仏道修行のため全国を旅をしながら和歌を作りました。
都から離れていても、優れた歌人として尊敬されていました。

西行が、佐藤義清と名乗り、北面の武士として、鳥羽上皇に仕えていた頃、密かに、憧れる人がいたのだそうです。[揺れるハート]
その人は、鳥羽上皇の中宮だったのだそうです。[ぴかぴか(新しい)]
「中宮さま、いくら思っても手の届かない人・・・。どうすれば、諦められるのか・・・。」
「そうだ!出家して旅に出よう!」
家族を捨て、出家して旅に出た西行。自分勝手過ぎると思いませんか?[ちっ(怒った顔)]
西行は、京都の嵯峨や吉野山に庵をむすんで暮らしながら、七三歳で他界するまで日本全国を旅して歩いたのだそうです。

それで、やっと、あの人のことが忘れられる・・・と思っても、月を眺めていると幻の中宮さまが現れ・・・。
「まだ、修行が足りぬか・・・。」 [もうやだ~(悲しい顔)]

年をとってから、その時の事を思い出して作った歌なのだそうです。

これって、中宮さまは知らない話のような気がするんですけど。
それなのに、人生が変わってしまった人がいるわけですよね。
まぁ、考え方次第では、だから、西行という素晴らしい歌人が生まれたと言えるんでしょうかねぇ。[ひらめき]


世捨人と和歌

百人一首を使ったゲームの中に、「坊主めくり」というのがありますが、絵札に僧(坊主)の姿で描かれている歌人は十人だそうです。

このうち、正式に僧になる修行をし、僧侶として高い地位に上ったのは、前大僧正行尊と前大僧正慈円で、二人とも天台座主になっているのだそうです。

その他の僧達は、何かの理由でそれまでの仕事を捨てて出家した人たちで、そういう人たちは、世捨人と呼ばれたのだそうです。
その代表的な人が、西行法師なのだそうです。
ちなみに、能因法師も、二十六歳頃、恋人の死を悲しんで出家したのだそうです。

絵札には、公卿の姿で登場していても、藤原定頼、源兼昌、藤原俊成、藤原公経、藤原家隆のように、年をとってから出家した人もいるそうです。
また、女性の中にも、和泉式部、式子内親王のように出家して尼になった人もいるそうです。





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