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やまがた雪フェスティバル [観光地]

「むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆふぐれ」(寂蓮法師)


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「あわただしく通り過ぎて行ったにわか雨。その露も乾ききらない杉や檜の葉に、もう、ふもとの方から霧がたち上ってくる。あぁ、なんと寂しい秋の夕暮れなんだろう。」


出家する前の名前は藤原定長で、俊成の弟俊海の子で、俊成の養子になったのだそうです。
三三歳の頃出家しましたが、御子左家の有力歌人で、晩年は嵯峨に住み「新古今集」の撰者に選ばれましたが、完成を見ずに他界してしまったのだそうです。[ぴかぴか(新しい)]


定長は、伯父の俊成に和歌を学んでいました。
でも、実子の定家が生まれたので、家を継ぐのは定家だと俊成の家を出たのだそうです。
そして、出家したのだそうです。










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