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霞城公園の桜 [観光地]

「たまのをよ たえなばたえね ながらえば しのぶることの よわりもぞする」(式子内親王)


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「私の命よ、絶えるなら早く絶えるがよい。このまま生きながらえていると、忍んでいる恋を絶え忍心が弱まって、人目につくようなことになるだろうから。」


後白河上皇の第三皇女で、加茂神社の斎院となり、病気で辞めるまで勤めたようです。
俊成の歌を学び、この時代の最高の女流歌人ですが、後に出家して尼になったそうです。


俊成に歌を習っていたのですが、俊成の子定家が、家司(事務職員)として内親王家に、二十歳を過ぎた頃つとめるようになったんだそうです。

和歌が上手だと知って、内親王は、俊成に代わって定家から和歌を学ぶようになったのだそうです。

いつしか、内親王は、十歳近く年下の定家を愛するようになっていたそうです。[揺れるハート]

「でも、わたくしの思いは、誰にも知られてはならないのです。胸に秘めておくことが、どんなに苦しくても・・・。」

きっと、若い男性に恋したら、ますます、気持ちも肉体も若くなりそうですよねぇ~!
今は、年下の彼氏、夫、多くなってますよね![黒ハート]







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