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日本一の芋煮会フェスティバル [食べ物]

「わがそでは しほいにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かわくもなし」(二條院讃岐)


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「私の袖は、潮が引いた時も見えない沖の石のように、人は知らないでしょうが、恋しさに流す涙で乾く暇もありません。」


源三位頼政の娘で、はじめ二条天皇に仕え、天皇の死後、後鳥羽上皇の中宮宜秋門院に仕えたのだそうです。

二条天皇に仕えていた頃、讃岐と呼ばれていたそうです。

平安末期の代表的女流歌人で、式子内親王と並んで有名なんだそうですよ。


この歌は、中宮宜秋門院の女房たちの間でも評判になり、それ以来、「沖の石の讃岐」と呼ばれるようになったのだそうです。

「讃岐さま、この海には石がないのでしょうか?」
「なぜ?」
「だって、潮が引いても石が見えてきませんもの。」
「そうね~、でも、沖の方の深い海の底には、きっと、隠れているのよ。人には見えない私の恋の思いのように・・・。」

ロマンチックな歌ですね~。[揺れるハート]







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加茂水族館 [観光地]

「きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねむ」(後京極摂政前太政大臣)


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「こおろぎが鳴いている霜の降るこの寒い夜に、むしろの上に片袖を敷いて、さみしくひとりで寝るのかなぁ。」

 関白藤原兼実の子、良経のことで、従一位摂政太政大臣になったのだそうです。
 俊成・定家に和歌を学び、優れた歌をたくさん作ったのだそうです。
 「新古今集」の撰者となり、仮名序を書きましたが、三八歳で急死したのだそうです。

 柿本人麻呂の、「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかもねむ」をふまえた本歌取りの歌なのだそうです。

 昔は、こおろぎのことをきりぎりすと言ってたのですね。[ひらめき]

 こちらは、日中暑いのに、夜になると秋の虫が鳴いていました。
 でも、一昨日、とうとう最高気温が30度に達しない日でした。
 こうやって、寒~い冬がやってくるのねぇ・・・。[雪]
 







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金華山 [観光地]

みなさま、おひさしぶりですぅ。[たらーっ(汗)]
あゆさこ、元気に過ごしております!ただ、ブログまで、手が回らない現状です。(いろいろ、ありましてね・・・。)[ふらふら]
前回で、コメントをいただいているのに、返信できずに今回の記事を更新させてもらいました。
すみません。
更新しよう、しようとして、今になってしまいました。七月のことになります。では・・・。

毎年恒例、両親とこん太くんと日帰り観光に行ってきました。[車(セダン)]
今年は、宮城県石巻市の太平洋上にある金華山![ぴかぴか(新しい)]
金華山は、恐山、出羽三山と並ぶ、奥州三大霊場の一つです。

牡鹿半島の鮎川港から、定期観光船に乗って行ってきました。[船]

牡鹿半島も、あの東日本大震災の津波に遭ったところです。
「わぁ~!こんなふうになったんだぁ~!」


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観光船から、パチッ![カメラ]


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出発~!



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カモメが飛んでるなぁ~と眺めていたのですが、ふと、海面に何かが・・・飛んでる・・・。
「わぁ~!トビウオだぁ~!」
初めて見ました!何メートルも飛ぶんですねぇ!
もちろん、あっという間の出来事だったので、写真は撮れませんでした。

牡鹿半島の先端が見えてきました。


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金華山に着きました。


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ここを歩いて登りました。


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景色を眺めながら登って行きました。


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こんなふうに、岩が所々にあるんです。


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金華山にある「黄金山神社」が見えてきました。


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若き日の頃、慰安旅行で来たことがあるんです。
写真もあるんです。
でも、景色が思い出せなかった・・・。[パンチ]


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「あれ、階段・・・。」鳥居をくぐり。


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狛犬さま


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「よいしょ、よいしょ!」フゥ~。[あせあせ(飛び散る汗)]


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「黄金山神社」を参拝・・・。[ぴかぴか(新しい)]


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参拝も終え、下ります。


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鹿さんが、いるんです。もう、人なれしてるんですよね。[わーい(嬉しい顔)]


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小雨がぱらついてきたので、休憩所に腰かけて天井を見上げたら、あらまぁ。


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七月の海の日に行ってきたんです。
日差しが強いだろうなと覚悟していたら、曇りのち小雨、そして、曇りだったので助かりました!
小雨も止んだので、散策していたら、こんな珍しい樹がありました。[ひらめき]


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また、雲行きが怪しくなってきたので、帰りはシャトルバスに乗って下りました。[バス]
そして、観光船で鮎川港に戻りました。


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切符売り場も、まだ、仮設ですね。


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駐車場周りも、まだまだですね。


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昼食は、海鮮物!と決めてきていたので、どこがいいか切符売り場のお姉さんに教えてもらいました。


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鮎川といえば、クジラなんです。


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何件かお店が入っている建物です。
お店は満員。これじゃぁ、お店の中に入らずに、テーブルとイスがあるところでだなと思って注文したら、ちょうど、四席空いたんです!ラッキー![手(チョキ)]


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両親は、「福幸ちらし寿司」・・・はやく、復興しますように・・・と願いが込めてあるちらし寿司なのでしょうねぇ。


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こん太くんは、「いくら丼」


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あゆさこは、「うに丼」


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そして、鯨肉のお刺身を二皿。
両親が一皿、こん太くんが一皿。あゆさこ・・・食べると美味しいんでしょうけど、どうも、真紅過ぎて…以前来た時もダメでした。


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食べ終わってから、また、周りを眺めてみました。「復興!願!」[ぴかぴか(新しい)]


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鮎川から、


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今度は、栗原市にある「伊豆沼」に向かいました。
同僚が、以前、行ってきたことがあり、すごく良かったとのこと。
あゆさこのアイコンにもなっている、はすの花が咲くと素晴らしいのだそうです。[かわいい]
そして、生物多様性の高い沼としても、国際的に高い評価を得ている沼なのだそうです。


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サンクチュアリセンターがあります。


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ガラス越しに見える沼です。ひろ~~~い![目][あせあせ(飛び散る汗)]


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次週から、はすまつりとのこと。[かわいい]


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だから、ちょっと早かったのですが、咲いているはすの花もありました。


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はすまつりでは、満開のはすの花の中をボートに乗って眺められるようです。
観たかったなぁ~~~・・・。[かわいい]


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帰り道、ゴリラ山をパチッ!ゴリラに見えますか?[目]


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文翔館でのステンドグラス展 [好奇心]

「みせばやな をじまのあまの そでだにも ぬれにぞぬれし いろはかわらず」(殷富門院大輔)


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「つれないあなたにみせたいものです。あの松島の雄島の漁夫の袖でさえも波に濡れた上に濡れても色は変わらないのに、私の袖はつれないあなたゆえに涙に濡れて、こんなに色が変わってしまったのを。」


藤原信成の娘で、後白河上皇の皇女殷富門院亮子(式子内親王の姉)の女官を務めたのだそうです。
父の信成と殷富門院亮子とはいとこの関係なのだそうです。
優れた女流歌人で、西行・寂連・小待従らとも歌をやりとりしたそうです。


この歌は、源重之の「松島や 雄島の磯に あされせし あまの袖こそ かくは濡れしか」(後拾遺集)をもとにした 本歌取り の歌なのだそうです。
着物の袖の色が涙に濡れて変わってしまったと、ずいぶん大げさな表現で詠んでいます。


本歌取りとは・・・古歌(本歌)をもとに、その主題、趣向、語句などを借りて、新しく作る歌の表現効果を高める和歌の技法をいいます。

本歌を知っている人が読めば、本歌のイメージと新しく作られた歌のイメージが重なって、歌に深みや広がりがでてきます。

「なるほどですねぇ~・・・。」[ひらめき]





 







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霞城公園の桜 [観光地]

「たまのをよ たえなばたえね ながらえば しのぶることの よわりもぞする」(式子内親王)


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「私の命よ、絶えるなら早く絶えるがよい。このまま生きながらえていると、忍んでいる恋を絶え忍心が弱まって、人目につくようなことになるだろうから。」


後白河上皇の第三皇女で、加茂神社の斎院となり、病気で辞めるまで勤めたようです。
俊成の歌を学び、この時代の最高の女流歌人ですが、後に出家して尼になったそうです。


俊成に歌を習っていたのですが、俊成の子定家が、家司(事務職員)として内親王家に、二十歳を過ぎた頃つとめるようになったんだそうです。

和歌が上手だと知って、内親王は、俊成に代わって定家から和歌を学ぶようになったのだそうです。

いつしか、内親王は、十歳近く年下の定家を愛するようになっていたそうです。[揺れるハート]

「でも、わたくしの思いは、誰にも知られてはならないのです。胸に秘めておくことが、どんなに苦しくても・・・。」

きっと、若い男性に恋したら、ますます、気持ちも肉体も若くなりそうですよねぇ~!
今は、年下の彼氏、夫、多くなってますよね![黒ハート]







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